「ふふふふふ……」

 遠野家の地下から不気味な笑い声が聞こえる。
 地下からという時点で読者様はお気づきだろうと思うが、笑い声の正体は……



「ついにできましたねーこの薬」



琥珀である。
 そして、彼女が薬をつくったということはここから先は不条理な話が来るというわけである。これはka○onというSSの謎ジャムと同じ道理である。

「これで翡翠ちゃんを……じゅるり」

 舌なめずりをする琥珀。正直、カナリ危ない。

「待っていてね翡翠ちゃん♪」

 琥珀はそういうと、完成したばかりの薬を市販で売られていそうなジュースのビンの中に入れる。
 そして、そのジュースのビンを持って地下室から出た。


 そして、こういうのはたいてい予期せぬ方向に向かうのがSSの道理なのである。





『ちっちゃな志貴様とおっきな私』





 ざっざっざっざっ

 春の暖かな陽気に包まれながら、私は風に吹かれてひらりひらりと綺麗に舞い散った桜をほうきでかき集めます。
 桜と言うのは咲いたとき、そして散り際は美しいものの、散ってしまった後は普通の落ち葉と変わりありません。しかも大量に落ちるので集めるのが困難です。
 
「ふぅ……」

 少し疲れたため、木陰で休憩します。大分片付いたように見えるものの、次から次へと桜の花びらは落ちてくるので、最終的にはまたピンク色の絨毯を敷き詰めたようになってしまいます。

「キリがありませんね……」

 しかし、屋敷の庭を美しくしておくのはメイドの勤め。私はまた桜の花びらをほうきでかき集めはじめます。
と、そのときでした。姉さんが「翡翠ちゃ〜ん」と言いながらやってきたのは。

「……どうしたんですか、姉さん」
「あのね、翡翠ちゃん。喉かわいてない?」

 喉? 確かに先ほどからずっとお仕事しているので飲み物が欲しくなっていますが……。

「ええ……」
「そう! ならこれ飲んで!」

 そういって姉さんは笑顔で私にビンのジュースを渡しました。周囲はこげ茶色をしているので中身が見えません。
……あからさまに怪しい……。

「姉さん、これ……」
「あ、今から料理をつくってくるから。翡翠ちゃん、お掃除大変だと思うけど頑張って!」

 そのジュースを姉さんに返そうとしましたが、姉さんはうそ臭いことを言うと、この場からさっさと逃げていきました。

「……どうすればいいのでしょうか?」

 ジュースを持ったまま一人途方に暮れます。
 あきらかに飲んだら何かがありそうです。だって、姉さんが渡したものですから。

「……捨てちゃいましょうか」

 そう思って私がジュースの中身を捨てて、空きビンにしようとキャップを開けたときでした。

「おっ翡翠、どうしたんだ」
「あっ志貴様……」

 突然志貴様に声をかけられて、思わず手を止めてしまいます。
 志貴様は最近体力をつけるためにランニングを行っていて、それがちょうど終わった後らしく全身に汗をかいていました。

「お帰りなさいませ」

 とりあえず私は志貴様に出迎えの挨拶をします。

「ただいま、しかし……走ってくるとやっぱり喉がかわくな〜。翡翠、それ俺のために用意してくれてたんだろ?」

 そういうと志貴様は私からジュースを取ると、それをゴクゴクと飲み始めました。

「あっ、志貴様それは……」
「ゴクゴクゴク……プハー! おいしかったよ。ごちそうさま」

 私が「それは姉さんがくれた……」と言う前に、志貴様はそのジュースを一気飲みしてしまいました。

「じゃ、俺は部屋に戻るから」
「え、あ、はぁ……」

 私は何も変化が起こらない様子の志貴様を見て少し驚きつつも、なんとなくまだ煮え切らないといった返事をします。そのまま、志貴様は家に入っていきました。

「……ちょっと気になります」








 私は、掃除を急いで済ませると、志貴様の部屋の前まで来ました。
 理由はただ一つ、本当に志貴様に異常が起きていないか確かめるためです。
……というか絶対起きているはずです。

「失礼します」

 戸をたたいた後、何も返事がないのを確認してから志貴様の部屋に入ります。






そこで私は、布団の上で寝ている小さな男の子を見つけました。






 まさかとは思いつつ、私はその子に近寄ってその顔を見ます。
……それは間違いなく志貴様でした。確かに見た目は子供ですが、その顔立ちは昔の志貴様と変わりなく、さらに志貴様がいつもつけている眼鏡もしっかりとつけています。

「……多分、アレが原因ですね」

 私は、多少驚きはしたものの意外と冷静でした。というのも、子供となるまでは予想外であったものの、絶対に何かあるというのは予想通りだったからです。
 それよりも……

「子供の頃の志貴様……やっぱりかわいい(ぽっ」

 私にはこちらの方がむしろ興奮してしまうものでした。
 アルバムで改めて志貴様の子供の頃の写真を見たとき思わずときめいてしまったものですが、その本物が目の前にあるのです。
 しかも寝顔です。「くー」と小さな寝息を立てながら寝ているのがさらに私のハートを鷲掴みにします。カメラがないのがとても残念です。

「しかし……よく眠っていますね」

 そうつぶやいた私に、ふと、邪な考えが浮かびます。
 それは悪戯をしたいという気持ち。
 使用人の分際でと自分に言い聞かせますが、志貴様の寝顔を見ているとそんな気持ちもどこへやらといった感じです。
 こらえきれずに手を志貴様のところへふらふらと歩み寄せます。と、そのときでした。



「うぅ〜ん」



 突然の反応に私はパッと手をひきました。
 志貴様はどうやらお目覚めになるようで、うっすらとまぶたを開いていきます。
 私に気づいたのか、志貴様は目を私の方へ向けると一言、





「お姉ちゃん……誰?」






「えっ?」

 志貴様の突然の一言に唖然とします。どうやら、精神年齢まで若返っているようです。
 多少戸惑いつつ、私はなんとかその場を取り繕うため、

「わっ私の名前は翡翠……です」

 そう言った途端、私はしまったと思いました。何故ならば、志貴様はこのくらいの年ならば昔の私も知っているはずだからです。

「あれ? 翡翠って……」

 案の定、志貴様は疑問を感じています。しかし、

「宝石の名前だよね!」
「えっ? そ、そうです」

 どうやら、記憶を失った後の志貴様のようです。私はほっとため息をつきました。
……でも、

「お姉ちゃん、とっても綺麗だね!」

 どうやらジゴロな性格は残ってしまっているようです、さらにその容姿と笑顔のダブルパンチは私には強烈過ぎて、いくら冷静な私でも「はぅ〜ん」と言ってしまいそうです。

「あっありがとう……」

 なんとか冷静に、冷静にと思いながら返事を返します。しかし、志貴様にはそれが不満だったようで……

「嬉しく……ないの?(涙目)」







 その瞬間、私は志貴様に抱きついていました。かっかわいすぎるぅ〜!!!

「わわ、おっお姉ちゃん?」
「全然、とってもうれしいですよ!」

 自分らしくないなと思いつつ、とても声を強く張り上げて気持ちを表します。

「よかったー! お姉ちゃんが喜んでくれて」

 今ならなんとなく小さな子が好きというお姉さま方の気持ちも分かるような気がします。
 こんな笑顔見せ付けられたら、もう自分も嬉しくなるしかないじゃないですか!

「ねえ、お姉ちゃん一緒に遊ぼー!」
「ええ、いいですよ」

 私は小さな志貴様に引っ張られるように外に出ました。志貴様は早く楽しみたいという気持ちで一杯なようで、外まで走っていきます。





と、そこで姉さんにちょうど姉さんに出くわしたのです。






「姉さん……」

 私は足をとめてあの薬についてたずねようとします。

「あれ? 翡翠ちゃんじゃなくて志貴さんが小さくなってる……」

 どうやら、姉さんは私を小さくしようとしていたようで、志貴様が小さくなったのは予想外だったみたいです。

「志貴様はちゃんと元に戻るのですか?」

 私は、最も疑問に思っていたことを口にします。いくらいまの志貴様がかわいいとはいえ、戻らないというのはさすがに問題あるからです。すると姉さんは、

「うーん、多分直ぐ戻ると思うんだけど……」
「そうですか」

 どうやら、正確な時間までは分からないようです。とはいえ、志貴様がちゃんと元に戻ることに私は安堵感を覚えました。

「ねえ、その人お姉ちゃんのお姉ちゃんなの?」

 今までちゃんと黙っていた志貴様が、会話が終わったのを見計らって聞いてきました。

「ええ、そうよ」
「ふーん、でも似てないね」

 確かにそのとおりなので返す言葉がありません。姉さんもどう答えていいやら困っているようです。
でも、そこは志貴様。その後精一杯の笑顔で、








「でも、お姉ちゃんも綺麗!」







……志貴様は小さい頃からジゴロとしてのテクニックを身に着けていたのですね。姉さんも「はぅっ!」と言った後志貴様に抱きつきます。

「ねっ姉さん!」
「志貴さんかわいいです! かわいすぎます!」

 姉さんはどうやら志貴様に夢中なようで、私の声など聞こえていないようです。

「姉さん! 志貴様が苦しそうです!」
「はっ! ごめんなさい、ついかわいくって……」

 姉さんもようやく我に返るとちょっとむせている志貴様を見てあやまります。

「今からお姉ちゃんと一緒にお菓子を食べません?」
「えっお菓子? 食べる食べる!」

 姉さんは何かをひらめいたかと思うと、志貴様にそういいました。
 志貴様も嬉しそうに返事します。
……なんか面白くありません。

「駄目です! 今から志貴様は私と一緒に遊ぶんです! 姉さんは邪魔しないでください!」

 つい、そんな言葉が口から出てしまいます。これが嫉妬というやつでしょうか?

「でも志貴さんは私とお菓子を食べたいと言ってますよ?」
「う゛、でっでも最初に約束したのは私です!」

 もはやどっちも席をゆずりません。だんだん言い争いは熾烈になっていきます。
 志貴様もおろおろとどうしていいか分からない様子。

「大体姉さんはいつも……!」
「翡翠ちゃんだって……!」

 だんだん険悪になっていくムードの中、それを打破したのは、









「もうやめて!」






 志貴様の一言でした。

「志貴さん」
「志貴様……」
「僕、どっちもするから、だからケンカしないで」

 志貴様は涙目で私たちに訴えます。ようやく私たちも冷静になり、二人して謝ります。

「「ごめんなさい」」
「よかった……二人とも、僕の大事なお姉ちゃんだもん。ケンカしてほしくないよ」

 志貴様はそう笑顔で答えました。その顔からはなぜか汗がにじんでみえました。
 なんとなく嫌な予感がします。小さな志貴様とお別れしてしまうような……。

「姉さん、もしかして……」

 そういうと姉さんはコクリとうなずきます。

「志貴様……」
「あのね、僕なんだかまた眠くなってきちゃった。ごめんね、一緒に遊べなくなって。今度起きたときは皆で遊ぼう」
「そうしましょうね、ねえ翡翠ちゃん」
「ええ……」

 次がない、そう思うとなぜか少し切ない気分になります。
 姉さんはそれを知らさせないようにそう言葉を取り繕います。

「じゃあ、志貴様は私がだっこしていきます」
「そう、お願いね」

 私は、もはや歩くのもきつそうな志貴様を抱っこして寝室へと向かいます。
 一歩一歩がとてもつらく感じます。寝室へついたらお別れ、その意味合いが強いからでしょう。

「あのね、お姉ちゃん……」

 その途中、志貴様が私に話しかけてきました。

「どうしたの?」

 私は笑顔でそれに受け答えます。すると――







「お姉ちゃん、今日はありがとう」

 そういって、私の頬にキスをしてくれました――。

























「……あのさ、翡翠、俺今日の午前中のこと記憶にないんだけど。何か知らないか? 琥珀さんに聞いても何も答えてくれないし」

 私が居間の掃除をしているとき、そこにいた志貴様が私に尋ねます。
 志貴様はどうやら子供に戻ったときの記憶がないようで、午前中何をしていたのか全く覚えていませんでした。

「さあ、部屋でずっと眠っていたのでは?」

 私がそう答えると、志貴様はああと言った感じでうなずきます。

「ああ、そういや楽しい夢を見ていたからな」
「夢?」

 私が聞き返すと、志貴様は待ってましたと言わんばかりに、







「ああ、何か俺が小さい子供になって、翡翠と琥珀さんにかわいがってもらう夢なんだ―――」





終わり


あとがき
 5万ヒット記念ということで、たまにはふつーな感じの作品+リクエストされたショタ系作品を書いてみようと思って書いてみました。ちょっとショタ系志貴ってのを全面に押し出せなかったのが残念ですが、まあこういうのもありかなあと。……何か思いつくものがあれば書き直したいと思います(汗


何か感想等あればこちらへ、リクエストとかも受け付ける……かも(ぇ
kyo@po2.synapse.ne.jp