「志貴さん、今日は何の日だか、知ってます?」

 

朝食を済ませて、秋葉と一緒に食後のお茶会と洒落込んでいる俺に対して、

琥珀さんは唐突に、そんなことを言った。

 

「え、いや…何も思い付かないな」

 

いきなりの問い掛けに戸惑いつつも、返答する。

今日の日付は3月12日。祝・祭日でもないし、学校行事なども特にない、

至って普通の日であるはずなのだが、何故琥珀さんはこんな事を聞いてくるのだろう。

 

「…琥珀、兄さんがそういうことを気に掛けていると思う?」

「な、何をだよ?」

 

…何だ?俺は何を忘れているんだ?秋葉の何だか引っかかる発言を聞くと、

そう思わずにはいられない。必死で今日は何の日か思い出そうとする。

 

…が、やはり何も思い付かなかった。

 

「…降参するよ。今日は何の日か、教えてくれないか?琥珀さん」

 

俺がそう言うと、秋葉は呆れたような表情、琥珀さんは楽しそうにクスクスと笑い出した。

…物凄く悔しい気がしないでもないが、分からないものは仕方が無い。

 

「ふふ、志貴さん、今日はですね―――」

 

 

そして、この日は遠野家の誰にとっても、いい思い出となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と翡翠ちゃんの誕生日なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてのプレゼント 

 

 

書いた人 Ryo

 

 

 

それを聞いた途端、俺は危うく口にしていた紅茶を噴き出しかけたが、

なんとか堪える事ができた…かなり危ない所だったが。

いや、そんなことよりも、肝心なのは―――

 

「こ、琥珀さん…それ、本当?」

「ええ、本当ですよ」

 

くすくすと笑いながら答える琥珀さん。あまり傷ついた様子は無いようだ。

 

「やっぱり知らなかったんですね、兄さんは…まあ、意外ではありませんけど」

 

秋葉の棘のような視線が突き刺さる。

 

「う―――」

 

反論できない。いきなりそんな事を聞くほうがおかしい、聞く余裕が無かった、

などと言い訳をしたところで、今の秋葉の前では、一蹴されてしまうだろう。

この視線をどうやって穏やかにしようか―――そんなことを考えている俺に、

琥珀さんが助け舟を出してくれた。

 

「まあまあ、秋葉様、私はいいんですよ。今日、そのことを知って頂いただけで」

「琥珀がそう言うならいいけど…兄さんはもう少し、人のことをよく知っておくべきです」

「…分かった、気を付けるよ」

「それでですね、ここからが本題なんですよ」

「え?本題って…何?」

「今日は私達のため…と言うよりは、翡翠ちゃんのために…誕生パーティーを開くことにしたんです♪」

「…へ!?」

 

俺はもう驚きで頭が混乱していた。二人の誕生日を当日になって知ったばかりだというのに、

誕生パーティーなんていきなり―――

 

「兄さん、まさか反対だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」

「ばっ…!そんなわけないだろ!た、ただ秋葉は…いいのか?」

「それなら大丈夫ですよ、この件の発案者は秋葉様ですから」

「…え?」

「こ、琥珀っ!」

 

思わず秋葉の方を見る。

と、秋葉はなにやら照れ臭そうに視線を逸らしていた。

 

「な、何ですか兄さん、その目は」

「いや、だってお前…普段はあんなにマナーとかにはうるさいのに」

「わ、私だってたまには無礼講な席ぐらい設けますっ」

 

普段の冷静な顔はどこへやら、秋葉は動揺を露にしている。

 

「そうですよ、志貴さん。秋葉様はそこまで堅物じゃありませんよ。

私が志貴さんの歓迎会を提案した時だって、許可して下さったでしょう?」

「そ、そうだね」

「そ、そうよ。それに…家族の誕生日を祝うのは当たり前のことなんですからっ」

 

不意に秋葉が漏らした言葉に、はっとする。

そう…だよな。翡翠と琥珀さんはもう、俺たちの家族なんだ。

その誕生祝いを疑問に思うなんて、何を今更―――

見ると、琥珀さんは、今にも泣きそうな、笑顔だった。

だが、目を少し擦ると、いつも通りの顔を取り戻す。

 

「えと、翡翠ちゃんには夕食まで離れの屋敷の掃除をさせていますから、

気付かれないように準備を済ませてしまいましょう」

「そ、そうね、琥珀は料理、私と兄さんは居間の飾り付けでもしましょうか」

「ああ、それはいいけど、飾り付けって…随分と気合いが入ってるんだな」

「そ、そんなことはどうでもいいでしょう!あっちのダンボールに入っていますから、

早く済ませますよ!」

 

そう言いながら、秋葉はお嬢様らしからぬ大股歩きで向こうへ行ってしまった。

それを見て琥珀さんは微笑む。

 

「うふふふ、秋葉様、可愛い♪」

 

…先程の自分のことなど完全に忘れているようだ。

 

「それじゃ、私は料理の仕度をしてきますから、飾り付けのほう、お願いしますね」

 

そう言って、琥珀さんは厨房の方へと消えていった。

さて、俺も秋葉がこれ以上不機嫌にならないうちに始めるとしますか。

秋葉は既に飾り付けを始めている。

俺も手伝おうと思い、ダンボールの中身を見てみると―――

 

「………………」

 

中には、クリスマスツリーに付けるような星型の飾り、沢山のライト、造花、

その他諸々の飾りが所狭しと入っていた。

俺の歓迎会の時から分かってはいたけど、やっぱり―――

 

「秋葉って…結構お祭り好きなんだな」

「…何か言いましたか、兄さん?」

 

秋葉が振り向き、笑顔で聞いてくる…が、声は全く笑っていなかった。

 

「な、何でもない!さて、さっさと済ませようか!」

 

あ、危ないところだった。秋葉に対しては迂闊なことを言うもんじゃないと

思い知っているはずなのに、ついつい口が滑ってしまうのは何故なんだろう?

…こりゃ、もう性根なんだろうな。

それからは、俺は余計なことはあまり考えずに、作業に集中し始めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

それから約二時間後、飾り付けは何とか終了し、俺と秋葉は紅茶を飲んでくつろいでいる。

多少、ズレている所があるような気もするが、なかなか立派に飾ることが出来た。

少なくとも、祝いの席には見えるだろう。

 

「琥珀の方の準備はどうなっているかしら?」

 

秋葉が立ち上がり、厨房へ行こうとする。

が、丁度タイミングよく、琥珀さんがこちらへやって来た。

そして、部屋を見渡した途端に、満面の笑顔を浮かべる。

 

「わあ、綺麗ですねー。これなら翡翠ちゃんもきっと喜んでくれますよ」

「そ、そうかな?」

 

そう言われると、少し照れ臭くなった。

翡翠がこの部屋を見て、顔を赤く染めながら喜ぶ姿を想像したせいだ。

でも、俺はそれだけじゃなくて―――

 

「琥珀さんはどうなの?」

「えっ?」

「だから、琥珀さんは喜んでくれるかなって。これでも俺達、精一杯頑張ったつもりだから

…どうかな?」

「これでも、とは随分ですね。私、こういうのには、結構自信があるんですよ?

それで…どうかしら、琥珀?」

 

琥珀さんはその質問に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

それでも少ししてから、以前の作り物とは違う、向日葵のような眩しい笑顔を浮かべて、

 

「はい…とっても嬉しいです、志貴さん、秋葉様」

 

そう、言ってくれた。

 

「あ、ところで、料理の準備なんですけど…まだ時間がかかりそうなんです。ですから、

秋葉様も手伝っていただけませんか?」

「えっ?わ、私が?」

「ええ、秋葉様さえよろしければ」

「…し、仕方ないわね。琥珀一人じゃ大変だろうし、手伝ってあげるわ」

 

秋葉は口上ではそう言っているが、その口調や仕草からして、本心では、

むしろやりたくてしょうがないのがバレバレだ。

…なんというか、秋葉は人の芝居を見破るだけでなく、自分で芝居をするのも苦手なタイプみたいだ。

 

「はい、それではお願いします、秋葉様」

 

琥珀さんもそれを見破っているのだろう、くすくすと笑いながらも秋葉に頭を下げる。

 

「それじゃ、私は離れの翡翠ちゃんに差し入れを持っていきますから、それからお願いしますね。

志貴さんはどうぞ、休んでいてくださいな。時間になったらお呼びしますから」

「えーと、気持ちはありがたいんだけど、俺にはまだやることがあるから」

「やること?まだ他にやることなんてあるのですか?兄さん」

 

そう、大事なことがまだ済んでいない。

誕生日とあらば、こればかりは欠かすわけにはいかないだろう。

さっきから、ずっとこのことばかりを考えていたのだ。

 

「これから、誕生日プレゼントを調達しなくちゃね」

「…えっ?」

 

琥珀さんは面食らったような表情だ。

そこまで、自分がプレゼントを貰う、という考えは無かったのだろうか。

いや、きっと実際に無かったのだろう。

 

「で、でも志貴さん、私は」

「いいから!こういう日には何かしら、プレゼントを貰うのが当たり前なの!」

「志貴さん、ちょっと待っ―――」

「それじゃ、行ってくる!」

 

言うと同時に、俺は駆け出した。財布は既にポケットの中に入っている。

普段は100円使うことにすら躊躇する俺だが、翡翠と琥珀さんのためならば、話は別だ。

俺は今から二人の喜ぶ顔を想像しながら、外へと飛び出した。

 

残されたのは、秋葉と琥珀だけ。

 

「まったく…兄さんのああいうところは、一生変わりそうにないわね」

「それでも、志貴さんのことが大好きなんですよね、秋葉様は」

「ええ、それは勿論…って、琥珀っ!」

「あはー、それじゃ私は、翡翠ちゃんのところに行ってきますね♪」

 

ズドドドド、と女性とは思えない素早さで駆けていく琥珀。

彼女のローラーブレード装備疑惑は晴れる事はないであろう。

秋葉は、やれやれという顔でため息を吐いた。

 

「まあ、いいか…否定は出来ないしね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

今、私は離れの屋敷の掃除をしている。

今朝、姉さんがあまりにもしつこく、ここの掃除を頼んできたからだ。

最初は、何故あまり使わない離れを?と思ったけど、姉さんが

「それじゃ、私が掃除しようかな?」などと言い出したものだから、

私は有無を言わずに、ここの掃除を申し出た。

 

姉さんに掃除をさせるなどということは、断じて許してはいけない。

さすがに姉さんも、ちょっと沈んだ表情をしていたけれど、こればかりは仕方ないのだ。

そして、時刻が正午に差し掛かるころ、姉さんが片手に包みを持ってやってきた。

…何やらいつもよりも元気に見えるのは、私の気のせいだろうか。

 

「やっほー、翡翠ちゃん!掃除のほうはどうかな?」

「ええ、大体終わったところです。後は奥のほうの部屋と、

細かい埃のチェックをするだけですから」

「ん、でももう昼頃だからね。ちょっと休憩しよ?」

「ちょ、ちょっと姉さん―――」

 

言うなり、姉さんは私の手を掴んで、和室の中へ連れて行こうとする。

こうなったら、もう何を言っても無駄かな。

そう結論付けた私は、その力に抵抗しなかった。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう、姉さん」

 

姉さんが持ってきてくれたお茶と、昼食を食べる。

包みの中身は、私が大好きな梅のサンドイッチだった。

それでも、何故か姉さんは一個たりともそれを食べず、あまつさえ私がそれを美味しそうに食べていると、

引きつったような笑みを浮かべている…どうしてだろう?

 

姉さんは、私がサンドイッチを口に含んでいるときでも、しきりに私に話しかけてきた。

曰く、志貴さんの体調はどう?とか、料理の練習はうまくいってる?とか、色々と質問攻めをされた。

それでも、私はそれらの質問の一つ一つに答えていく。

最近の姉さんは、“翡翠”を演じていたときよりも明るく、楽しそうな笑顔を見せるようになった。

姉さんのそんな笑顔を見るのが、私も大好きだったから。

それでもさすがに、

 

「あ、翡翠ちゃんがまた笑った!ふふ、可愛い〜♪」

 

…なんて事を言われた時は、自分でも分かるくらいに頬が熱くなった。

暫くして、姉さんが立ち上がる。

 

「ん、それじゃあ午後の仕事でも始めようかな」

「じゃあ、私はここの掃除が終わったら、東館の掃除をしますから」

「うん、それと翡翠ちゃん、朝方にも言ったけど…」

「居間には入らないように、ですね?」

「そうそう、今日は特別料理にするから」

 

特別料理、という言葉に不安を覚えないでもなかったが、ここは言う通りにしておく。

もしかしたら、秋葉さまや志貴さまに関して、何らかの事情があるのかもしれない。

 

「それじゃ、夕食になったら呼びに行くからね」

「はい、それじゃ」

 

姉さんが去った途端、和室の中は、驚くほどに静かになった。

時折、風に揺れる草葉の音や、鳥の鳴き声が聞こえてくる程度である。

…さて、姉さんの特別料理と、志貴さまの笑顔を楽しみにして、午後も頑張ろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

さて、俺こと遠野志貴は、屋敷を飛び出してから現在、繁華街に来ている。

…うん、来たのはいいんだが。

 

「プレゼント…何を買えばいいんだ…?」

 

肝心のそれを考えずに、屋敷から飛び出してきてしまったのだ。

しかも、繁華街に到着した時点でようやく気付く始末。

…いい加減、自分の浅はかさに、呆れを通り越して、偉大ささえ感じてきた。

 

「まあ、しょうがないか。とりあえずは数多く当たってみることにしよう」

 

それから俺は、雑貨屋、女の子向けのアクセサリー店、ブティック、果てには…

…いや、これ以上は言うまい。

とにかく、立ち寄った殆どの店が、赤面ものだった。

で、そんな恥ずかしさで死んでしまいそうな体験をしておきながら、収穫は全く無し。

 

「…うーむ」

 

あの二人―――特に翡翠は―――多分、俺が何をあげても喜びそうなのだが、

だからこそ、選び抜いたものをプレゼントしてあげたいと思う。

しかし、これといったものが見つからないのだ。

 

「参ったな…仕方ない、こういう時には」

 

いかにも他人と相談をすることに向いていそうな、あの人の力を借りるとしよう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「…というわけで、先輩の知恵を拝借したいんだけど」

「毎度のことですけど、本当に唐突ですね、遠野くんは」

 

結局、俺はシエル先輩のアパートへ来ていた。

だって、俺の身の回りでこういう相談事を聞いてくれそうな人は、この人だけだし。

多少、罪悪感を覚えるが、今は時間が無いのだ。

事のあらましを説明し終えた後、先輩は盛大にため息を吐いた。

 

「翡翠さんと琥珀さんへの誕生日プレゼントですか…」

「そうなんだよ、あの二人なら俺が何をプレゼントしても喜びそうなんだけど、だからこそ、

余計に迷っちゃって。何かいいものはないかな?例えば先輩だったら、何を貰えば嬉しい?」

「それは勿論、カ」

「―――ごめん、聞き方が悪かった。大抵の女の子が貰って喜ぶようなものって、なにかな?」

 

答えを途中で遮断された先輩は、しょんぼりとした表情をする。

…しょうがないじゃないか、答えがあまりにも分かり切っていたんだから。

 

「…あ!いいこと思い付きました!」

と、先輩は何か閃いたようだ。

 

「ふふふ、これなら間違いなく、彼女たちに喜ばれますよ、ワトソン君」

「………………」

 

陶酔し始めた先輩には、恐らく何を言っても無駄だろう。

それよりも、その思い付きとやらを聞くことのほうが先決だ。

 

「で?教えてくれよ、先輩」

「ええ、それはですね―――」

 

 

 

 

 

「い、いや、そりゃ喜ばれるかもしれませんけど…でも」

「かも、じゃありません、絶対に、です」

 

断言する先輩。

俺はというと、その内容を聞いて唖然としていた。

向かいでは、先輩がくすくすと笑っている。

…その笑みが琥珀さんに通ずるものがあるのは、気のせいだろうか。

 

「さあさ、早く屋敷に戻ったほうがいいですよ、遠野くん!もう午後の5時ですよ!」

「え、いや、でも、先輩は?何なら一緒に…」

「やめておきますよ、秋葉さんにいい顔はされないでしょうから。それに、めでたい席で

喧嘩なんかしたら、遠野くんに顔向けができなくなっちゃいます」

「でも、そんな」

「ほら、秋葉さんたちが、きっと首を長くして待ってますよ!」

 

言うなり、先輩は俺を部屋から追い出して、あまつさえ、鍵をかけてしまった。

何もそこまでしなくてもいいのに。

ドアの向こう側から、先輩の寂しさが伝わってくるような気がした。

だけど、俺は―――

 

「ありがとう先輩!今度メシアンで何か奢るから!」

 

そう言って、屋敷への道を走って行くのだった。

その時、ドアの向こう側から、

 

「はあ…私ってやっぱり、こうなんですよね。でも、遠野くん、私、諦めませんから」

 

先輩のそんな声が、聞こえてきたような気がした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「兄さん!こんな時間まで、貴方は一体どこをほっつき歩いていたんですかっ!!!」

 

帰ってきた俺を見るなり、ロビーで待っていた秋葉は、俺を怒鳴りつけた。

眉がこれでもかというほどに吊り上がり、目つきの鋭さも普段の比ではない。

兄としては情けない限りだが、正直言って怖い。

 

「ご、ごめん。なにぶん、色々と見て回っていたから」

「へえ、そうなんですか。翡翠と琥珀のことを想って、さぞかし真剣に見立てていたんでしょうね」

「うっ…」

 

秋葉はやけに絡んでくる。

待たされたための不機嫌さと、翡翠と琥珀さんへの嫉妬が重なっているようだ。

これは長引くだろうか?

そう思っていたとき、救世主が現れた。

 

「まあまあ秋葉様、その辺で許してあげませんか?」

「琥珀!あなたは黙っ―――」

「秋葉様の誕生日には、志貴さんと一緒にプレゼントを見立ててもらってはどうですか?」

 

瞬間、秋葉は硬直した。

だが、それは俺も全く同じだ。

…さっき、救世主だと思ったのは取り消しておこう。

 

「し、仕方ないわね…それじゃ、兄さん、私の誕生日には、そうしてくれますね?」

「あ…う、うん」

「それじゃ、パーティーの準備はもう出来ているから、後は翡翠を呼ぶだけね」

「あ、それじゃ、私が行ってきます」

「そう、じゃあお願いするわ、琥珀」

「はい、志貴さんと秋葉さまは居間でお待ちしていて下さいね」

 

琥珀さんは階段の上に登っていった。恐らく、翡翠はまだ館内の掃除中なのだろう。

 

「さて、それじゃ、俺たちは中で待つとしますか」

「…あの、兄さん」

 

秋葉がいつになく不安げな表情で、弱々しい声を発する。

それが気になって、俺の口調も少しばかり、真剣なものになった。

 

「どうしたんだ、秋葉?」

「………………」

 

ほんの数秒の、沈黙が続く。

が、先に口を開いたのは秋葉のほうだった。

 

「翡翠…喜んでくれるかしら?それに…琥珀はもう、知っているけど、喜んでくれているのかしら?

私たちなんかに祝ってもらっても、嬉しいかどうか…」

 

…なんだ。そんなこと、聞くまでもないのに。

 

「ああ、喜んでくれるに決まってるだろ。翡翠も、琥珀さんも」

「…そうですか?」

「ああ、絶対にだ。お前に翡翠たちを祝ってあげようっていう気持ちさえあればな」

 

そう、絶対に喜んでくれる。

翡翠も、琥珀さんも、俺たちが本気で祝ってくれていることを分かってくれるだろう。

だって、俺たちは…家族なんだから。

 

「…そう、ですね。ありがとう、兄さん。そう言ってもらえて安心しました」

「じゃ、安心したところで、俺たちは待っていようぜ、まだこのことを知らない翡翠が

来るのを、心待ちにしてさ」

「…はい、兄さん」

 

俺と秋葉は、お互いに穏やかな心持ちで、居間へと入っていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

そして、今。

 

「お誕生日おめでとう、翡翠!」

「おめでとう、翡翠」

「おめでとう、翡翠ちゃん!」

 

俺たちの掛け声と同時に、琥珀さんがポケットから取り出したクラッカーを鳴らす。

その表情は、まるっきり子供のそれだ。

思わず苦笑する。やはり琥珀さんは、年相応の少女だと実感した。

で、部屋に入ってきた翡翠はというと。

 

「………………」

 

いきなりの歓迎と、あまりにも様変わりした居間の様子に、声が出ないようだった。

普段は豪華な家具で埋め尽くされている場所が、一面飾りだらけ。

テーブルの上には、琥珀さんがいつにも増して、腕によりをかけて作った料理。

無理もないな、きっと、こういうことは初めてなんだろうし。

 

「あ、あの、志貴さま、これは一体…」

「さっきも言ったろ?今日は翡翠と琥珀さんの誕生日なんだから、その誕生祝いさ」

「誕生、祝い…?」

「ああ、とはいっても、発案者は秋葉なんだけどな」

「に、兄さん!何もここでそんなことを言わなくてもいいでしょう!」

「はは、照れるなって」

 

こんな日でも、いつもと変わらぬ騒動になるわけか。

まあ、それが俺たちらしいといえば、らしいよな。

 

それにしても、さっきから翡翠は無言のままだ。

さっき、秋葉にああ言っておきながら、不安になってきたのか、

俺は堪らず、翡翠に声をかけていた。

 

「な、なあ翡翠、その、もしかして…気に入ってもらえなかった?」

「志貴、さま―――」

 

ようやく翡翠が言葉を発する。

だが、そこまで言って、翡翠はうつむいて、唐突に泣き始めた。

 

「ちょっ、ひ、翡翠!?」

 

俺はというと、いきなりの事態に、すっかり取り乱してしまっていた。

琥珀さんも同様で、翡翠に歩み寄るが、口が上手く回らない。

さすがの彼女も、妹の泣き顔を見ては、落ち着いてはいられないようだ。

 

「え、えっと、翡翠、俺、また自分の気付かないところで、何かやっちゃったのかな?」

 

ふるふる、と翡翠は首を横に振る。

よかった…何か悪いことをしてしまったわけではないようだ。

 

「だったら、何で…?」

「ち、違うんです…志貴さまは何もしていません」

「え?」

「私…嬉しかったんです。今まで、こんなことをしてもらったことはなくて、

それが当たり前だとばかり思っていて…それに、志貴さまも、秋葉さまも、姉さんも、

心から祝って下さっているのが、わかりましたから…」

 

そう言ってから、翡翠はまた泣きじゃくる。

でも、それは悲しいための涙じゃない。嬉し涙だ。

俺は、その翡翠の言葉で、胸がいっぱいになっていた。

 

「翡翠ちゃん」

 

琥珀さんが翡翠に声を掛ける。その笑顔は、本当に仲の良い姉妹のそれだ。

 

「さ、笑って。今は泣く時じゃないから。ここは楽しむための場所だよ」

「…はい、姉さん」

 

琥珀さんの言葉が功を奏したのか、ようやく、翡翠も笑顔になってくれた。

と、翡翠と琥珀さんが、急に俺と秋葉のほうを向く。

 

「志貴さん、秋葉様、今日は本当に、ありがとうございます」

「…私も、同じ気持ちです。本当に…嬉しいです」

「そ、そっか。そう言ってもらえてよかったよ、は、ははは」

 

俺はもう照れ臭くて、こんな生返事しか出来なかった。

秋葉の方はというと、さっきの不安げな態度はどこへやら、悠然と笑みなどを浮かべている。

 

「さ、それじゃ、食事にしましょう。折角の料理が冷めてしまうわ」

「そうだな、それじゃ、存分に楽しもう!」

「…はい、志貴さま」

 

 

 

それから、俺たちは琥珀さんの手料理を存分に味わわせてもらった。

…その中には、あのウメジゴクまで混ざっていたのだが…

翡翠がいる手前、根性で食べた。

その後には、トランプゲームもした。

もっとも、勝負の駆け引きよりも、一番負けている秋葉が、いつ暴れ出すかということの方が、スリリングだったのだが。

 

そうして、ゲームが終わって四人でお喋りをしていたとき。

俺は、忘れていたことを思い出した。

 

「あ、そういえば…」

「どうかしたのですか?兄さん」

「いや、翡翠と琥珀さんに、まだ、プレゼントを渡していなかったなって」

 

すっかり忘れていた。

今までの楽しげな空気に包まれて、完全に記憶の隅に追いやってしまっていた。

 

「あは、本当に下さるんですね、志貴さん」

「でも、見たところ、手ぶらのようですけど?」

「…う、まあ、それは」

 

シエル先輩のアドバイスが思い返される。

まあその、嫌だっていうわけじゃないんだけど、その内容は…

 

「兄さん?」

「志貴さん?」

「志貴さま?」

 

うっ、三人揃って俺のほうを見てるし…

ええい、こうなりゃ、腹をくくってやる!

 

「こ、琥珀さん」

「はい?」

 

声が上擦りそうになるのを必死で抑えて、琥珀さんのもとへ行く。

そして俺は、やや不意打ち気味に、琥珀さんの頭を優しく、ゆっくりと撫でた。

 

「…え?」

「…………」

 

琥珀さんはあまりの事態に、硬直する。

それを見ていた秋葉も翡翠も、すっかり固まってしまっている。

…いや、あんたら何もそこまで大げさな。

そりゃ、俺もいきなりだとは思うけど。

 

「し、志貴、さん…?あの、これが…」

「あ、ああ、プレゼント、だけど」

 

言ってて自分でも恥ずかしくなってきた。いや、さっきから既にそうなのだが。

シエル先輩曰く、「琥珀さんには、やたらと直接的なのより、こういうもののほうが、効果あると思いますよ」だそうだ。

しかし、もう恥ずかしさで死にそうな気さえする。まさに穴があったら入りたい気分だ。

 

「…し、志貴さん、その…」

「は、はい、なんでしょう」

 

焦りすぎたか、わけのわからない口調になってしまう俺。

…琥珀さんの顔が、何やら上気しているのは気のせいか?

 

「あ、あの…今の、もっと、して…くれませんか?」

「え、ええっ!?」

「な、なんででしょうか。そ、そんなに恥ずかしくないコトなのに、

なんだか、嬉しくて、気持ちよくて…」

 

…まずい、何だか分からないけど、とにかくまずい。

だって、そんな顔して、そんなことを言われたら、俺は―――

その願いを断るなんて、できない。

 

「う、うん、それじゃ…」

「………………」

 

もう一度、琥珀さんの頭を撫でる。

よほど丁寧に手入れされているのだろう、琥珀さんの髪はとても手触りがよく、

シャンプーの匂いが漂っている。毛も細くて、とても繊細だった。

それだけでも、大変な魅力だというのに、加えて―――

 

「ん、志貴さん……はぁ……」

 

頬を赤らめ、あまつさえ上目遣いで艶っぽい声を出す琥珀さんは、とても可愛い。

まるで猫のような琥珀さんと、しばらくこうしていたい、なんて考えてしまう。

そうしてしばらくの間、この状況に溺れていたが、

 

「に、兄さん…貴方って人は―――!」

 

般若の如き形相でこちらにやって来る秋葉を見た途端、俺の手は止まってしまった。

見ると、翡翠まで何やら不満そうな顔をしている。

…いや、原因は考えるまでもないが。

 

「あ………」

 

琥珀さんが残念そうな顔をするが、さすがに今は緊急事態だ。

な、なんとか秋葉を落ち着かせないと。

 

「い、いや秋葉、これはだな」

「何だっていうんですか!よくもぬけぬけと、そんな破廉恥なことを…!」

「は、破廉恥って…大体俺は、シエル先輩にそう教わっただけで」

「あんな人に言われたことを実行しないで下さい!それも私たちの前で!」

「う、でも、琥珀さんが喜んでくれるかなと思って…」

「…っ!も、もう兄さんなんて知りませんっ!」

 

秋葉は拗ねたような顔をして行ってしまい、テーブルの上の酒をがぶ飲みし始めた。

 

「お、おい秋葉!」

 

たまらず俺は止めようとする、が、琥珀さんが俺の前に割って入った。

 

「こ、琥珀さん?」

「大丈夫ですよ、秋葉様は私がなんとかしますから、後は…」

 

そこまで言って、琥珀さんは視線をどこかへと走らせる。

俺もその方向に視線を向けてみると、そこには、翡翠がいた。

それで、琥珀さんの視線の意図を察するには充分だった、だが。

 

「で、でも…」

「いいんですよ、それで。それと、志貴さん」

「な、なに?」

「とっても嬉しかったです。最高のプレゼントでした」

 

琥珀さんは、心底嬉しそうな笑顔で、そう言ってくれた。

それで、俺の意思も固まった。

俺は頷く。

 

「翡翠」

「あ…は、はい、なんでしょうか、志貴さま」

「ちょっと、中庭へ行かないか?」

「え、でも、秋葉様が…」

「大丈夫だよ、琥珀さんが何とかしてくれるらしいから。それじゃ行こう、翡翠」

「あ………」

 

俺は翡翠の手を握って走り出す。

以前なら、思いっきり振り払われていたであろうが、今の翡翠はそれどころか、

俺の腕を握り返して、俺についてきてくれた。

それでも、頬は赤くなっていたのだが。

 

 

 

そうして中庭に到着する。

今夜の空気は、寒くもなければ暑くもない。

3月の夜とは思えない、とても気持ちのいい夜だった。

でも、一番嬉しいのは、隣に、彼女がいてくれること。

 

「やっと、二人きりになれたね…翡翠」

「ぁ………」

 

言われてそれに気付いたのか、翡翠の頬が更に赤くなる。

本当に、可愛いとしか思えない純粋さ。

 

「それじゃ、翡翠にプレゼントを渡さないとな」

「プ、プレゼント…ですか?」

「ああ、勿論だ。琥珀さんだけってわけにはいかないだろ?」

 

翡翠は、緊張と期待が入り混じったような表情をしていた。

私にも、姉さんにしたように…それとも、こんなところに連れて来たから…

そんな翡翠の考えが伝わってきそうだ。

 

「翡翠、その…目を閉じてくれるか?」

「………!」

 

さすがの翡翠も、そこまで鈍感じゃない。

こんなことを言われたら、次に何をされるのか、それくらいは分かるだろう。

けれど、それでも、翡翠は、

 

「はい…志貴さま」

 

俺の言ったとおり、素直に目を閉じてくれた。

思わず胸が詰まった。

昔から全く変わらない、その健気さと優しさに感謝して。

ゆっくりと、翡翠に近づく。高鳴る鼓動を、必死で抑えて。

 

 

 

可憐な翡翠の唇に、俺のそれを重ねた。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

行為は一瞬だった。

以前には、もっと深い口付けをしたことだってあるのに、今は恥ずかしさが先行して、

これが精一杯だった。

…もしかして、この夜空の力なんだろうか。そんなことを思った。

気まずいような沈黙が場を支配する。だが、その時―――

 

「しーきーさんっ!」

「うわああああ!!」

 

そんな空気を、いとも簡単に吹き飛ばして、琥珀さんがやって来た。

 

「ね、姉さん…っ!」

「ちょ、こ、琥珀さん、まさか、今の見ていたんじゃ…」

「いえいえ、見てはいませんよ。それでも、大体何をしていたかは想像できますけどねー♪」

「…………」

「…………」

 

俺も翡翠も、完全に赤面していた。

それでは、琥珀さんの予想を裏付けてしまうと分かっていても、我慢できない。

おまけに、琥珀さんが眼前でうふふふふ、などと笑っているのだから、尚更恥ずかしかった。

 

「そ、それで琥珀さん、どうしてここに」

「あ、それはですねー、秋葉様から伝言を預かったもので」

「え…?伝言?」

「はい、秋葉様も何とか落ち着いてくれたようですから」

 

それを聞いて、少しほっとした。

それでも翌朝、絡まれることは避けられないだろうが…それくらいは我慢しよう。

 

「それで、秋葉はなんて?」

「ふふ、秋葉様はこう言っていましたよ。『今夜だけ、特別ですからね』って」

「え…」

 

少し、その意味を考えて、すぐにカア、と顔が熱くなった。

見ると、翡翠も同じ結論に辿り着いたのだろうか、顔を真っ赤にしている。

 

「それじゃ、確かにお伝えしましたよ」

「お、お伝えしましたって言われても、その」

「あ、私も秋葉様と同じ気持ちですよ。私は…さっきので充分、嬉しかったですから」

 

そんなことを言って、琥珀さんは屋敷の中へと消えていった。

秋葉の伝言の意味、それを解した俺は今、何をすべきなんだろうか。

…いや、考えるまでもないか。

そう思った俺は、自然と、こう口にしていた。

 

「翡翠、もしよければ…俺の部屋に行かないか?」

「志貴、さま…」

「どうも、雰囲気に当てられちゃったかな…今夜はずっと、翡翠と一緒にいたい…離したくない」

「…はい、志貴さま、私も…一緒にいたいです」

 

真っ直ぐに俺を見つめて、そんなことを言ってくる翡翠は、文句なしに可愛い。

だから俺は、翡翠の肩を抱き寄せていた。

 

「あ…志貴さま…恥ずかしい、です」

「でも、嫌じゃないだろ?それに、こうしておけば、離れる心配もないし」

「…はい」

「それじゃ、行こうか」

 

そうして俺と翡翠は屋敷の中へ入る。

俺はふと、夜空を眺める。

空には雲一つない。

 

満天の星空に、一際大きく輝く月が、俺たちの姿を照らし出していた。

 

 

 

 

 

<おしまい>

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、Ryoという名のはぐれ学生純情派です。

ああ、書き終わったはいいが…無意味に長い!しかも定番過ぎ!!

誰でも思いつきそうな内容ですな、こりゃ…

そして何より、誕生日SSを二日も遅らせる暴挙。

…暗黒翡翠拳でも食らってきます。

SSはこれが処女作なので、お見苦しいところなど多々あると思いますので、

問題がありましたら、どうぞご指摘下さい。

それでは…