ピピピ ピピピ ピピピ
「・・・ん」
ピピピ ピピピ ピ、カチャ
「う・・・ん」
頭上の目覚し時計を取り上げて見ると、時刻は4時半を指していた。
・・・朝の掃除をしなくちゃ。
「・・・ん〜」
「・・・・・」
・・・横からだらしの無い声がする。このお屋敷で朝からこんな声を上げる人間と言えば。
「・・・姉さん」
人の布団に入り込まないで、と再三言っているのに。改善してくれる気は・・・ないのだろう。やっぱり。
はあ、と溜息を付きつつ、眠っている姉さんの顔を何とはなしに覗き込む。
「・・・うふふー・・・」
だらしなく・・・もとい楽しそうに眠る姉さんの顔。その笑顔が本当に姉さんの『笑顔』なのか、と少し不安になる。
―――――いつでも『翡翠』は返してあげるよ・・・
「・・・・・っ!」
ぶんぶんと首を横に振って脳裏に浮かんだ姉さんの台詞を打ち消す。
・・・活発だった『翡翠』。それをいつも牢屋の様な屋敷の窓からずっと見つめていた『琥珀』。
かつて姉さんはその『役割』をいつでも変わってくれると、そう言った。志貴さまがいなくなって沈んでいた私を、救う為に。
「・・・大丈夫。私も、いつまでも弱いだけじゃないから」
そう、私は今の自分が自分である事に誇りを持っている。今の姉さんが姉さんである事に喜びを感じている。
だから、この今を精一杯、楽しんで生きる為に。もう、振り返ったりはしない。負けたりしない。
「ありがとう。姉さん」
そう感謝の気持ちを込めて姉さんの髪を撫でる。もう少し寝かせて置いてあげよう。たまには私が庭の掃除を引き受けてもいい。
・・・料理は何故か志貴様も秋葉様も必死に止めるから止めておくけど。
「・・・ん・・・・す・・・・すぅ・・・」
「え?」
立ち上がると姉さんがボソボソと何かを言っているのが聞こえた。・・・寝言、だろうか。
「翡・・ちゃ・・・」
私の名前が呼ばれる寝言?
訝しげに思い、耳を近づける。
「んー、志貴さぁん・・・ダメですよぉ・・・翡翠ちゃんが起きちゃいますぅ・・・」
雉も鳴かずば撃たれまい。そんな言葉が脳裏を亜音速で駆け巡った。
果てない幸せの中で
「うう・・・まだ痛い・・・」
「自業自得です」
「翡翠ちゃん・・・何で怒ってるの・・・?」
涙目になりながら姉さんが言ってくる。
「別に怒ってません」
「怒ってる怒ってる、絶対怒ってるー」
ああもう朝から何で姉さんはこんなにテンションが高いのだろう。ちょっと付いていけない。
「姉さんは早く朝食の支度に行って下さい。私も掃除がありますから」
「うう、翡翠ちゃんが冷たい・・・。お姉ちゃん悲しい」
演技掛かったリアクションを取る姉さんを放って、私は階段を下りた。
「・・・と言う訳なんですよー。ねえ志貴さん、酷いと思うでしょう?」
「いや、圧倒的に琥珀さんに非があるだろ。て言うかよく夏真っ盛りに人の布団に潜り込めますね」
「無駄よ兄さん。兄さんがこの屋敷に戻って来て下さるずっと前からこうだもの。馬の耳に念仏とは正にこの事だわ」
「お、お二人とも何でそんなに冷たいんですかっ。秋葉さまはともかく志貴さんまでーっ」
酷いです。布団に潜り込んだくらいで人を布団ごと床に叩きつける翡翠ちゃんの行動をさも当然の様にっ。
「「当然です」」
遠野兄妹のタッグ攻撃。
「志貴様、お茶のおかわりはいかがでしょうか」
「あ、貰おうかな」
「翡翠、私にもお願いできるかしら」
「はい、かしこまりました」
翡翠ちゃんは翡翠ちゃんで淡々と仕事をこなしているし。
「うう、この家にはイジメが・・・」
「志貴様。最近特に姉さんの演技掛かった行動が多いんです。どうしたものでしょうか」
「うーん、俺の口からは何とも言えないなぁ。琥珀さんの行動ロジックはブラックボックスみたいなモンだから」
「って翡翠ちゃん何相談してるのっ。志貴さんも真面目に受け答えしないで下さいっ」
「そうですねー。琥珀さんの行動は流石の私でも読み切れませんから。遠野くんの言ってる事が一番適切かもしれませんねー」
「わたしはよくわかんないなー。あなたはどう?錬金術師」
「錬金術師と言う呼び名はどうかと思いますが。しかしあえて真租の問いに答えるとするならば、志貴に同意だ、
と言わざるを得ませんね。分割思考を最大限、最大効率で使用したとしてもその方の行動は読み切れませんから」
「ふーん、メイド姉は凄いんだねー。ある意味」
あっはっはっ。そんな笑いが起こる。
「って何でお前らがいるんだーっ!!」
いつもだったら即座に秋葉さまが突っ込むのだけれど、今回は志貴さんみたいだ。秋葉さまは・・・あ、固まっている。
「先輩!」
「はい」
「アルクェイド!」
「はーい」
「シオン!」
「はい」
「出席確認じゃないっつーの!!」
だーっと頭を掻き毟る志貴さん。・・・ちょっと話題が都合よく転換してくれてラッキーとか思ったり思わなかったり。
「特にシオン!お前帰ったんじゃなかったんかい!」
「それが学長に既に籍を消されていまして。その上学院が雇った魔術師の魔術でこの国まで飛ばされ、落ちたのがこの屋敷の
庭だったと言う訳です。ランダムジャンプでしたからここに居るのは奇跡的なまでの偶然の積み重ねでした」
シオンさんと仰るらしい志貴さんのご友人が淡々と語る。
「あー、もういい。疲れた」
「えー、志貴ー。私には聞かないのー?」
「聞いても仕方ないからいい」
「なにそれー。失礼しちゃうなー」
そんなこんなで慌しい朝は過ぎて。志貴さんはお疲れになって秋葉様は凍っていて。でもこんな一日の始まりも悪くないかな、
とか思ったりするのだった。
「あー、もう。どうしてこう心休まる時間って言うものがないのかしら」
自室に戻って来て早々一人ごちる。
アルクェイドさん、先輩、果てはシオンまで。朝食後のお茶までゆっくりと出来ないと言うのは一体どういう事だろう。
大体吸血鬼やら教会の代行者やら錬金術師やら。朝っぱらからこんな面子が集まる事自体異常だと思う。
「また貧血でも起こさないといいけど。兄さん」
この所そんなに倒れたりはしていない様だけれど油断は禁物だ。
考えたくはないけど、兄さんは生きている事自体が綱渡りの様な物なんだから。
「もう少し自分の身を労って欲しいものだわ」
言いつつ、たった今座った椅子を立った。
「確認の電話を入れておきましょう」
そう再度ひとりごちながら。
「あー、疲れたぁ・・・」
結局朝からあの三人にトコトンつき合わされる事になった。アルクェイドん家でラーメンを作らされたり、
シエル先輩のメシアンへのカレーパンのレシピ目当ての不法侵入に付き合わされたり(ちなみに失敗)、
シオンの新理論だか何だかの実験道具に使われたり。
それでもしっかりと買う物をレンに頼んでおくってトコが我ながら用意周到ではないかと思ったりする。
しかしながら遅い。まあ、夕飯までには帰ってくるだろう。
「つかまだかなぁ。宅配便」
時間帯指定配達も当てにならないなぁ。商標詐称と違うのか。アレ。
ピーンポーン
「・・・噂をすれば何とやら、か」
そう呟きながら玄関へと急ぐ。琥珀さんか翡翠が起き出して受け取らないうちに早々にゲットしなければ。
「・・・はい、確かに」
「どうもご苦労様です」
さて、後はレンだけか。そう思った矢先、門の所に見える上下黒。
「本日二回目」
言いながらレンの所に駆ける。
・・・考えてみればあの格好であの陽気のなか動き回るってーのはちょっと無理があったかな・・・。
「・・・んん・・・」
「すぅ・・・・」
「・・・?」
「すぅ・・・」
「はっ!」
「すぅ・・」
「・・・!?」
バッバッと周囲を見渡す。・・・暗い。・・・今、何時だろう。
背中を冷たい汗が流れる。
「ちょ、ちょっと翡翠ちゃん!」
「・・・はい・・・?」
「何だか、夜っぽいんだけど・・・」
「!?」
瞬時に覚醒する翡翠ちゃん。それはそうだろう。もし朝の記憶が途切れた辺りからずっとこの寝室で眠っていたのだとすれば、
夏休みで一日中家にいらっしゃる志貴さんと秋葉さまのお世話をまるでほったらかしにしたっていう事だ。
「姉さん・・・朝の騒動後の記憶は」
「・・・ない」
あははー、と乾いた笑いが漏れる。まずい。明らかにまずい。
「・・・ない」
・・・やっぱり。実際の所、私にも朝の一騒動後の記憶がない。・・・一大事かもしれない。
「姉さん、とにかく志貴様と秋葉様に謝罪を」
「・・・大丈夫。私は人形だから。人形は何も考えない。何もしない。そう思えば何も怖くなんか」
「現実逃避しないでっ」
ああ、もうどうすれば。
「はぁ・・・」
現実逃避をしてトリップ仕掛けの姉さんを引きずって一回に着く。
「はっ、ここは?」
・・・都合がいいのか悪いのか、姉さんの意識が回復する。・・・覚悟を、決めるしかない。
「姉さん、行きますよ」
「え?ちょ、ちょっと待ってひす」
「嫌です。これ以上引っ張ったら私の気が持ちません」
「わーっ!翡翠ちゃんの鬼ーっ!」
ギッ
「申し訳御座いませんっ、志貴様、秋葉様!」
「ご、御免なさいーっ!」
パンッパンッ
「ひゃう!?」
「ひっ!?」
「翡翠、琥珀さん、誕生日おめでとう」
「おめでとう。翡翠、琥珀」
「・・・はい?」
「・・・・え?」
「いや、驚かせてゴメン。二人に気付かれない様に、レンに頼んで二人とも眠って貰ってたんだ」
「・・・(ペコリ)」
申し訳なさそうに頭をかく志貴さんとお辞儀をするレンちゃん。
「い、いえ。私達の方こそ取り乱してしまって・・・」
「も、申し訳ございません」
「いいのよ。このドッキリ紛いの考案者の兄さんにも多少の責任があるわ」
「な、何だよ秋葉。お前だってノリノリだったじゃないか。『それはいい考えですね』とか言ってたし」
「そ、それは」
「・・・っぷ」
「・・・・(ふるふる)」
「ちょ、ちょっと琥珀!翡翠!何が可笑しいの!」
「い、いえ、何でもぷっ・・・」
「・・・・・(ふるふるふる)」
「あ、そう言えば二人にプレゼントがあるんだっ」
「え・・・?」
「わー、何でしょうか?」
「ちょ、ちょっと兄さん!話題の逸らし方があまりに露骨ですっ!」
「はい、気に入ってもらえるかどうか心配なんだけど・・・開けてみてくれるかな」
「・・・はい」
「・・・では」
「人の話を聞きなさいーっ!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
瞬間、世界が凍った。
「・・・巫女着?」
「・・・こっちはゴスロリの服よ、翡翠ちゃん」
「え?」
あ、秋葉さまの髪が・・・染まった。
「に〜い〜さ〜ん〜」
ゴゴゴゴゴと言う活字を背負った秋葉さまが鬼の様な形相で志貴さんを睨みつけていた。
「ま、待て誤解だ秋葉!!女の子に贈るプレゼントだって言ったら有彦が『俺に任せろ』って言い出してだな!」
「問答・・・」
「あ、翡翠ちゃん、退避退避」
「はい」
「あ、レンちゃんもおいでー」
「(こくん)」
「無用ーッ!!!」
「ぎゃあああああ!!」
そんなこんなで遠野家の少しいつもと違った夜は過ぎて行ったのでした。まあオチはいつもと同じですけどねー。
ちなみにあの後レンさんが買ってきて下さったケーキは皆さんで頂きました。ご馳走様でした。
(オチてるのかオチていないのかあやふやなうちに)終わる
後書きですか?(何故疑問系だ
どもです。がおがおです。月姫SSは初執筆です。(ちなみにひすこはの誕生日記念SSですー)
少し仕上げに時間が取れなくてちょっと苦しい感じの仕上がりになってしまいました。(汗
そこは寛大な皆様の心でお見逃し下さいませー。(ぉ では簡単ですがこの辺で。ここまで読んでくださった方有難う御座いました。