ウチの妹はとっても可愛い。
 もう食べちゃいたいくらい可愛い。
 実際に食べたら足首に荒縄を巻きつけられて二階から吊るされた。
 頭に限界まで血が上ると熱が冷めていくのだと初めて知った夜だった。
 それはともかく、私の妹は言葉で言い尽くせないほど素敵なのだ。私と対照的に短い髪がいい。太りやすい体質なのを気にして必死に節制に励む姿もいい。マテリア成長もないのに釘バットを愛用して、夜な夜な素振りをする光景も……いや、これはよくない。
 まあ、つまるところ。
 私、篠沢舞は。
 妹、篠沢聖に。
 恋をしている。



 ひじりが女に還る時(註.このタイトルは釣りです)



「明美、協力してよ」
 下僕一号に話しかける。
「あ? 協力?」
「そう。ひーちゃんを篭絡する為の基本ステップ。まずはSUCCESSのSから」
「おっぱい出して迫れ」
「やってるよそれ超やってるよ! でもその度に殴られるんだよ!」
 しかも全然Sではなかった。いや、SUCCESSはどうでもいいのだけど。
 明美は私の友人であり、ひーちゃんの友達のサキ助の姉でもある。「の」が付きすぎた。要推敲。
「篭絡ねぇ……そうね、古典的な方法だけど」
「え、何なに」
「人間ってのは悲劇に強いカタルシスを覚えるわけよ」
「にゅ?」
「例えば白血病の彼女を引っ張り回した挙句、助けてください助けてくださいって空港の中心で連呼する他力本願というか非常識なバカ彼氏にもバカな中高生は感動してくれるわけ」
 実に明美らしい毒々しい台詞だった。
「つまり?」
「要するに、悲劇を演出して聖の情に訴えればいいのよ――」





「姉さん。もうご飯だってさっきから言ってんだけど、何やってんの」
 愛しのひーちゃんが部屋に入ってくる。
 一方私は、パジャマを着たまま、ベッドに身を横たえている。
 沈んだ表情を作り、窓の外を見た。
「ひーちゃん……お姉ちゃんはもう駄目なの」
「は?」
 あからさまに訝る妹。
「自分でも分かるの。生きていく気力がないのよ。燃えカスなの。蝋燭の火が、最期の一花を咲かせて消えてったみたいに」
「……姉さん?」
 ひーちゃんが眉を潜めている。いつもの私にはない雰囲気を感じ取っているのだろう。それはそうだ。ひーちゃんの中の私は、常にムードメーカーでありトラブルメーカーでありモンスターメーカーでありプリンセスメーカーであろうから。
 目を伏せて、部屋の隅の花瓶に活けてある牡丹を見る。
「きっと、あの花が落ちる時、お姉ちゃんの命の灯火も消えてしまうのよ」
「姉さん……」
 ひーちゃんは、ふと悲しそうな寂しそうな表情を見せた。こんなひーちゃんは滅多にない。レアイベントに突入かもしれない。明美サンキュー。
 と。
 ひーちゃんが何も言わず、花瓶の方に歩み寄った。
 そして、その白い花房にそっと手を差し伸べて、

 ぶちん。

 超ちぎった。

「ひでえー!?」
「あん? おかしいね、何で姉さんは生きてんの?」
 心底不思議そうにひーちゃんがこちらを見てくる。
「ひ、ひーちゃん……人として、短い一生の花を摘むのはどうかと思うの」
「やだなあ。私が摘んだのは花じゃなくて姉さんの命だよ」
「ひどっ! ものっそひどっ!」
「早く降りてきな。まあ、食べないならいいけど」
 そう言ったきり、ひーちゃんは振り向きもせずに部屋を出て行ってしまった。
 後に残されたのは、床に散乱している白牡丹の成れの果てと、先ほどから妙に空腹を訴えている私の身体だけだった。





「てゆー事があってね」
「まあ、予想通りね」
 下僕一号が生意気な事を言ってます。
「そもそも私も最初は悲劇のヒロインぶってたんよ。一週間もしないうちに飽きてやめたけど」
 パジャマなのはその名残である。
「それにしても、あんたも懲りないわね」
 明美が心底呆れたように溜め息をついた。
「にゅふふふ。ひーちゃんのハートを射止めるまではお姉ちゃんは止まる事はないのよん」
「もうちょっと真面目にやってあげれば、『いいお姉さん』って評価も得られるでしょうに」
 違う。
 それは違うのだ。
「……私は嫌だよ、いいお姉さんなんて」
「え?」
「そんな一言で片付けられるような形容詞はいらない。私はいつだって、ひーちゃんの中では複雑でいたいの」
「……意味が分からないけど」
 眉をひそめる明美。
「例えばね? この先ひーちゃんが大人になって、家族ができたとするじゃない」
「うん」
「そうすっと、私の事だって子供たちに話す事もあるでしょ」
「まあ、当然あるわね」
「そんな時に『いいお姉さん』だけで説明されるのは絶対に嫌。数えきれないくらいのエピソードで、子供を一晩中寝かせないくらい語られるお姉ちゃんでいたい」
「…………」
「話す内容が多ければ多いほど、その分だけ記憶領域を割くって事でしょ? つまりそれだけ、ひーちゃんが私を覚えてるって事」
「それは……分かりもするけど」
「ひーちゃんが大人になって、おばさんになって、おばあさんになって。『ああ、私には姉がいたな』でくくられるのはマジ勘弁ね」
「……屈折してるわね」
 明美が苦笑する。どうやら分かっていただけたらしい。柄にもなく語ってしまった、こんなの私のキャラじゃない。少しの後悔、だけど、それでも誰かに話せてちょっとだけすっきりした。
「にゅふ、嫌よ嫌よも好きのうちって言葉もあるし。あ、でもでもこれは万が一ひーちゃんに私以外の家庭ができたらの話ね。ひーちゃんの赤ちゃんは私が産む事確定だから、こりゃ今までの話は杞憂かな?」
「そんなんだから聖に『忘れたい』って言われるのよ?」
「忘れ『た』じゃなくて忘れ『たい』ってのは、結局は願望だから。忘れ『られない』なのと一緒なのさー」
「何ともまあ、都合のいい解釈だ事」
 人生、自分の都合に合わせた者の勝ちです。
「結局ね、私がひーちゃんを好きなのは変わらないのね」
「このドMめ。私に協力を仰ぐまでもなく、やるこた変わらないじゃない」
「ま、そうなんだけどね」
 笑う。
 ああ、これだ。
 やっぱり私のスタンスは変わらない。
 たまには道に迷う事もあるけれど、やっぱり最後にはひーちゃんという目的地に辿り着く。
 結果は関係ない。
 『ひーちゃんにアプローチをかける』この過程そのものこそが、『篠沢舞』なのだと思った。





「というわけでひーちゃん! お姉ちゃんはこの事実を再認識してパゥワーアップし、お姉ちゃんEXに」
「ところで姉さん、私の愚神礼讃もEX化したんだけど、試してみる?」
「…………」